私は常々「夢」を持つこと、「志」を抱くことの大切さを説いていますが、それは人生のエネルギーになるからです。ただ漫然と日々を過ごしていては自分を高めることはできないし、自身の世界を広げることもできない。
私は小学生の時から工業学校生(今の中学・高校生)の頃にかけて本を読むことに夢中でした。小学校時代は主に戦国武将伝、工業学校に上がってからは日本と世界の偉人伝を読みふけった。立身出世する人の物語。集中して200冊くらいは読んだと思います。その中には上に立つ人の道、いわゆるリーダーシップについて書いたものもあった。
これらの本を読みながら、いつか自分自身も人の上に立って仕事をしたいと思うようになっていったんです。
間もなく、敗戦という強い衝撃が日本中を襲いました。私が18歳の時でした。社会全体が「日本はこの先どうなるのか」という不安感に覆われる中、私は逆にこの敗戦によって、自分の持っている本当の力が試されるときなんやと気づいたんです。「自分には持ち前の体力と若さ、人に負けない闘争心がある。むしろ、今がチャンスや」と思いました。
そして、このとき、「40歳で5つの会社の社長になる」という大きな「夢」や「志」を抱いたのです。これはミシンの卸・小売をしていた両親の仕事がヒントになった。ミシンの卸・小売から始まって、賃貸(リース)、ミシンを使った縫製加工、服は洋風が中心となるから洋裁学校の経営も可能ということで、これら5つの会社の社長になろうと決意した。それが私にとって「夢」であり、「志」でした。
だから今の若い人も早く「夢」や「志」を見つけて、照れたりせずにそれをどんどん表に出してほしい。そうすると自分が全力をつくすべき対象やテーマが見つかる。見つかれば、課題を設定し、それを実現しようとする意欲も出てくる。それが毎日の仕事や生活を変えるきっかけにもなる。「夢」や「志」を持つことが人生のエネルギーになるというのはそういう意味です。
いまの若い人たちを見ていると器用ではあるがひ弱な感じがする。人それぞれだから一括りにするのはよくないが、そんな印象を受けるのは確かです。休日などでも誰とも会わず、一人で過ごす若者も多いようですが、友人がいないというのはダメですね。友人というのは非常に大切です。自分自身を鍛えてくれるし、人のネットワークも広がっていく。
私はよく「人に騙されても人を騙す人間になるな」ということを言いますが、これは船井ミシン商会の経営を立ち上げて間もない頃に不渡手形を掴まされた苦い経験があるからです。しかし当たり前のことですが、騙されたからこちらも騙してやろうなんていう考えは持たなかった。それは絶対にやってはいけないことです。そうではなく「人に騙されても人を騙す人間になるな」という考え方を貫けば人と人との信頼関係が築かれ、知らず知らずのうちにパイプがつながっていく。そうすると友人の輪も広がっていくんです。
そのプロセスの中で多くの人と会うことで相手の力量や誠実さなどがわかるようになる。人を見る目、眼力がつくんですね。それは成長したという証しです。そのためにも若い時にはできるだけ多くの人と付き合い、接点を持ってほしい。
人との付き合いを持つといっても社内だけに限る必要はありません。社外の人とも積極的に会うことが大切。とくにレベルの高い人、責任ある立場にある人とは臆することなく会い、その人からいいところを吸収するようにしなければならない。それは自分自身を向上させることにもなるんです。
そうそう、真面目なのはいいけれど真面目すぎるのはよくない。真面目すぎる人間は結果を先に考えてものごとにチャレンジしないという傾向がある。失敗を怖れるからでしょうね。しかし私は社内の人間に失敗することを怖れるなとずっと言い続けています。これは技術者でも営業を担当している社員でも同じ。何事にも失敗はつきものなんだから怖れることはない。かえって最初から萎縮してチャレンジする気概を失うことのほうが問題です。
もっともいけないのは現状維持という安全地帯にいることに満足し、自分の目の前で起こっている変化や動きに対して腰が引けることですね。変化についていけるかどうか不安なのかもしれないが、若者は、いや若者だからこそ変化を怖れることなく新しいことに挑んでほしい。
船井電機が属している家電業界では変化なんて日常茶飯事です。むしろ変化がないほうがおかしいぐらいですよ。われわれが手がける製品の売れ行きは景気に左右されたり、時代の動き、暮らしや人びとの生活意識の移り変わりにも影響を受けたりします。そこで大切なのはこれらの変化に戸惑うことなく、むしろそれを好機として未知の可能性に挑戦する心のありようです。
私の好きなサミュエル・ウルマンの詩(後掲)にこういう一節があります。
次は何が起こるのだろうと 眼を輝かせる 子供のような好奇心
胸をときめかせ 未知の人生に 挑戦する 喜び
変化は新しい体験をする機会でもあるんです。それから逃げずに果敢に挑むことは必ず得がたい喜びや充実感をもたらしてくれます。
もちろん変化に挑んで失敗することもあるかもしれない。しかしね、失敗はできれば若いうちに経験したほうがいい。それは糧になるからです。その失敗を糧にして同じ事を繰り返さないようにすれば、どんな失敗でも乗り越えることができます。年齢を重ねてからではダメージや不安が大きくなる。そのためにも失敗は若い時に経験したほうがいいんですよ。
先にも述べましたが、私は24歳のころに不渡手形をつかまされるという大きな失敗をしました。会社を始めて半年後のことでした。月商わずか20万円の時に6倍の120万円の負債を背負うことになったんです。私は必死になって失敗の原因を分析しました。その上で、当時行っていたミシンの国内販売を輸出中心に切り替えるという決断をしました。それが、今日の船井電機のグローバルな事業展開に繋がっています。
ただし失敗を糧として活かすには執念のようなものが必要です。諦めのようなものがあると失敗を繰り返します。執念と言うと若い人にはわかりにくいかもしれんね。私流に言えば「夢」であり「志」です。日頃から「夢」や「志」をしっかりと持っておれば諦めが生まれることもなく、失敗を繰り返すこともありません。逆にその失敗を自分なりに活かすことができるようになる。そうなるとそれは本当の意味での失敗にはならない。まさにその時、失敗は糧になるんです。
この間若い人と話をしていたら、僕はよく海外に行っていますと言うので、詳しく聞いてみると何のことはない海外旅行と間違えているんですね。観光目的で1週間ほど旅行をするのもいいけれど、私が言うのは留学などで若いうちに何年間かを海外で過ごして異国の地で生活する、そんな経験をせよということなんです。
海外へ行くことのプラス面としては、たとえばそれまでにない視点から仕事を見ることができるので、新しい発想や取り組みが生まれるようになります。当然視野も広がりますね。それだけいい刺激を与えてくれるんです。
しかし私が海外へ行くことを奨励しているのはそれだけが狙いじゃありません。
異国の土地ではビジネスだけでなく日常生活まで何事によらず、すべて自分でコミュニケーションをとって行動しないといけない。それには非常な勇気を必要とします。頼るのは自分しかいないからです。でもそうした経験を積み重ねておけば人間は一回りも二回りも大きく成長します。
また外国人とのコミュニケーション能力が高まるので友人もたくさんできるようになる。さきほども言いましたが友人を作ることは大切です。日本の学校生活で友人を作ったように海外でも積極的に友人を作る。そうして彼ら彼女たちとホンネで触れ合い、付き合う。そうして各国の社会に触れ、文化を吸収することは、グローバルな感覚を養うための一番確実な道であり、いい方法です。
報道などを見ると、日本を飛び出して世界で学ぼうという留学生も少ないそうです。ある大学が海外留学を希望する学生を募ったら日本人の応募者はゼロだった。その代わり中国からの留学生が応募してきたといいます。
もっといろいろなことにチャレンジし、ある意味無鉄砲でもいいから自分の思うところを貫くべきじゃないか。それが若者の特権だと思うんですが、どうも最近の若い人はそうではないらしい。若い人がこうした内向き志向では、この先日本はどうなるんだろうと大げさでなく本当に心配になります。
だから私は「夢」を持ってほしい、「志」を抱いてほしいといっているんです。とくに若い人には声を大きくしてこのことを伝えたい。「夢」を持つこと、「志」を抱くことは自分自身を変えるだけでなく人間を大きくします。
最後に私の好きな詩を紹介しましょう。この詩を初めて読んだ時、まるで私の人生そのもののように思いました。
青春とは サミュエル・ウルマン
(新井満・自由訳 『青春とは』講談社刊より抜粋)
青春とは 真の青春とは
若き肉体の中にあるのではなく 若き精神の中にこそある
問題にすべきは 強い意思 豊かな想像力 燃え上がる情熱
そういうものが あるか ないか
歳を重ねただけで 人は老いない
夢を失ったとき はじめて老いる
誰にとっても大切なもの それは感動する心
次は何が起こるのだろうと 眼を輝かせる 子供のような好奇心
胸をときめかせ 未知の人生に 挑戦する 喜び
あなたの心のアンテナが 今日も青空高くそびえ立ち
いのちのメッセージを受信し続けるかぎり
たとえ八十歳であったとしても あなたはつねに 青春
青春とは 真の青春とは
若き肉体の中にあるのではなく 若き精神の中にこそある
夢を失った時、人は初めて老います。ということは夢を持たぬ者は、たとえ若くてもすでに老いさらばえているといってもいい。 しかしこれからの日本を背負う若い人がそうであっては困る。若い人たちにはぜひ大きな「夢」と「志」を持ってほしい。そんな人たちが次々と現れて日本の将来を担い、さらに大きく成長させてほしい。心の底からそう思っているんです。